阿弥陀如来立像

阿弥陀如来立像

江戸時代の中頃に記された常念寺の古文書『當寺歴代寄附建立并日月牌記』によると、常念寺は慶長10年(1605)に傳譽上人が、当時「西福寺」と呼ばれていた観音堂の本尊・檀家を移し、創建したと書かれています。
常念寺創建当初のご本尊さまは、西福寺の本尊をそのまま移したものでした。お姿は「唐仏坐像弥陀」「御長六寸」、高さ18センチメートルの中国風の阿弥陀さまの坐像であったようです。西福寺=観音堂だとすれば本尊は観音さんのはずでは?と思ってしまいますが・・・現在と同様、西福寺の境内に観音堂があるという感じだったのでしょう。

常念寺御本尊

現在の御本尊さまは立像ですので、この坐像の阿弥陀さまとは別のお像になります。では現在の御本尊さまは、というと、こんなお話しが記録されています。
二代目住職の真譽上人の時代、一度お祀りしたとはいえ18センチのお像では寺の本尊としてあまりにも小さいという話になり、寛永9年(1632)7月15日の念仏講の席上で檀家が相談し、新しい仏像を作ろう、という事になりました。毎月掛銭(積立て)をしよう、などと話していると、ひとりの道心者(お坊さん未満の修行者)が菰包みを背負って現れ、「もしや仏像をご所望では?」と聞いてきました。檀家たちが、いやそういう相談をしていたところだ、と返すと、道心者は「私は今、阿弥陀の霊像を持っている、ご寄進致しましょう」と、言って菰より仏像を取りだしました。長老や真譽上人が拝んでみると、とても素晴らしいお顔をされた阿弥陀さまのお像でした。一同感動して早速貰い受け、以後このお像を常念寺の本尊としたそうです。 この阿弥陀さまが現在の御本尊であると考えられますが、このお話はかなり後の時代の七代目の住職が長老たちのお話しを聞いて書き取ったものだと但し書きがあり、当時から伝説として捉えられていたようです。しかしながら、なかなか不思議で面白いお話です。

さて、改めて本尊さんを拝ませていただきますと、表面の漆塗りのために細部はわかりませんが、その特徴から平安時代後期、12世紀頃に作られたお像と考えられます。ちょうど法然さんが活躍した頃になります。
まん丸い穏やかで理知的なお顔、絵に描いたような浅い衣の襞、正面から拝むことを主に考えた薄い奥行き、真っ直ぐな額の生え際など、11世紀に活躍した定朝が確立したいわゆる定朝様の特徴が見て取れます。しかし少し形式化した感じでもあり、12世紀に入ってからの制作になると考えられます。運慶・快慶が活躍し写実性が高く肉感的な表現が出てくる時代ではありますが、定朝様の懐古的なお像も沢山造られていた時代です。前の時代の作風を堅実に伝えた工房で制作されたのでしょう。
不思議なご縁で江戸時代の初めに常念寺にやってきた本尊さん。造られてから800年以上の歳月、数え切れない数の人々が拝み、願いを捧げた仏さまなのでしょう。

※古文書『當寺歴代寄附建立并日月牌記』 解説:松田道観氏(清浄華院史料編纂室研究員)